渚探訪:4
 さて、つぎに訪れるのは、医療の渚、待合室です。ここは空間的な渚であるのと同時に、人と人の間に横たわる心理的な渚でもあります。待合室の特殊性は、息の詰まる医療の中にあって、無限の可能性を秘めながら、いまだ手つかずの未開の原野であるというところにあります。ここをみんなで力を合わせて開拓してみませんか?さいわい待合室は全国どこにでもあります。多少敷居は高いかもしれませんが(多少じゃないだろう!という声が聞こえてきます)、知名度と信頼度は抜群です。あとはコンビニと同じような多機能の付与を、どのように行うかということです。
 われわれの「待合室を変えようプロジェクト」はこのような背景ではじまり、すでにいくつかのテーマが提唱されています。たとえば、アメニティ空間としての待合室、PRの場としての待合室、情報端末機としての待合室、コミュニティの場としての待合室、学びの場としての待合室、ニュースソースとしての待合室、etc.
 このプロジェクトを社会運動に昇華させるためには、知恵を超越した智慧が必要であると思います。本質は名前に宿る。待合室を単に待つだけの場から、合わせる場に変えたいと思います。みなさまのお力をお貸しいただきますようお願いいたします。(つづく)
 
渚探訪:3
 わたしはコンビニを成功に導いたキーワードは、機能付与以外にもう一つあると思っています。それは多店舗展開です。単なる結果としか思えない多店舗展開が、なぜドライブとしてのキーコンセプトになり得るのか?それは、どこにでもあるという事実が、お客と店を結びつける最も重要な要素である安心感に、密接につながっていると考えるからです。
 ついでの話ですが、その安心感が思わぬ二次的な効果を生み出しているようです。日中は家から一歩も出ない引きこもりが、夜になるとコンビニにだけは出かけていくそうです。事実夜中のコンビニでは、週刊誌を立ち読みするそれらしき若者の姿を多く目にします。もしそれが事実であれば、賛否両論はあるにしても、世の中に自分の居場所を見つけられない若者に、つかの間であっても社会と接する場を与えていることになります。そしてそれは、医療の俎上に上らない症例に、社会そのものが治癒力を発揮しているとも言えるのではないでしょうか?
 狭いのに懐の大きな都会のオアシス、それがもう一つのコンビニの姿であるように思います。私のこの分析が的を射たものか、まったく的外れなものか、折があったらきちんと調べてみたいと思います。(つづく)

 
渚探訪:2
 はじめに訪れる都会の渚は、おなじみのコンビニエンスストアです。全国津々浦々にありますから、わざわざ都会の、と銘打つこともなさそうですが、その理由はおいおい明らかになります。
 もしもコンビニエンスストアが、当初そうであったように、商品販売のみにこだわっていたら、今日の"グレートビジネス"にはなりえなかったことでしょう。仮に多少商品の品ぞろえを増やしたところで、競合するスーパーとの力の差は歴然としています。そこでコンビニが戦略的に取り組んだのが機能付与です。今や当たり前となった宅配便の受け付けや銀行のATM設置も初めは冒険であったに違いありません。コロンブスの卵はほかにもあります。住民票の交付などの役所の仕事の肩代わりです。こうした分野は今後も機能付与のキーワードのもと、つぎつぎと発展していくに違いありません。しかしコンビニは、やみくもにあらゆる分野に機能付与をおこなおうとしているわけではありません。物事の本質はその名前に宿るといいます。コンビニエンスストアも例外ではありません。お客にとってコンビニエントであること、その分野に特化した機能付与だけが発展継続していることには驚かされます。(つづく)

 
渚探訪:1
 たとえば建物を出た途端に、全天燃えるような夕焼けに出くわしたとき、人は誰しも心の中で感嘆の声を漏らすのではないでしょうか。あたりまえの昼からあたりまえの夜に移り変わる、ほんのひと時の「時間の渚」、それが感動を生み出します。
 たとえば長年の懸案だったビッグプロジェクトを成功に導いたあと、街角のカフェの一杯のコーヒーを前に、ひとは心からの解放感を味わうことでしょう。究極の緊張から究極の安堵へ移り変わる「心の渚」、それが明日の活力を生み出します。
 たとえば三菱一号館美術館の周りの溢れんばかりの緑。都会のど真ん中の超一等地を贅沢に使った空間演出には、誰しも一瞬で心を奪われることでしょう。ここには本家本元の海辺の汀を超越した、「空間の渚」そのものの迫力が存在します。
 これらが私の、渚は新しい価値を生み出す場である、という「渚理論」のコンセプトイメージです。その視点に立てば、今まで見過ごしてきた多くの渚が、それぞれの人の目の前につぎつぎと立ち現れるに違いありません。世の中は魅力的な渚で満ち溢れています。さあ、私と一緒に渚探訪の旅に出かけてみませんか?(つづく)

 
通過点
 今日という日を迎えるまでに、自分の体が自分だけのものではない、と思うことが何度かありました。たとえば自分よりはるかに軽い症状の患者の診察のあと、カーテンの物陰で鎮痛解熱の座薬をこっそり挿したとき、たとえばガン末期の父を寝かしつけてから当直に駆けつけ、単に不安だからという理由で受診した多くの患者を診なければならなかったとき…医者は地域の共有財産だから、仕方ない、仕方ないと自分に言い聞かせながら、でも心の底で割り切れなさを感じていたことも事実です。
 こういう仕事をしていますから、じつは五体満足な野球選手など一人もいないことはよく知っています。それでも彼らは毎日はつらつとした全力プレーを見せてくれます。なぜなら彼らはプロだから。私も自己の全存在をかけて、自分は医療のプロであると言い切れるように、一日も早くなりたいと思います。

 
救国にむけて
 私はいままで、この国を揺るがすような大きな問題があっても、そのうち誰かがなんとかしてくれるのだろうと、漠然と思っていました。それは私だけではなかったのだと思います。そうでなければ、わが国が1000兆円もの借金を抱えることにはならなかったはずだからです。
 でも、3.11以来、私は徐々に気付きはじめました。いくら経っても「そのうち」は来ないし、どれだけ待っても「誰か」は現れないのだと。なぜなら誰かはどこにもいないからです。
 もちろんわが国には、有能な政治家や、官僚や、学者などのいわゆる専門家が、それこそ掃いて捨てるほど沢山います。でも彼らは結局「誰か」ではなかったし、もっとも力を奮わなければならないはずのいま現時点の彼らの状況を見るにつけ、これからいきなり彼らが「誰か」になることなど、絶対にないと思います。
 私は一人ひとりの力は弱くても、この国のみんなが自分の出来る範囲で行動を起こすべきだと考えます。そして、この国の総体そのものが「誰か」にならなければいけないのだと思います。
 4月から医療政策を実践するコミュニティーに参加することとなりました。1年間毎週何度か東京に足を運ばなければなりません。休診日が増え、患者さん方にはご迷惑をおかけしますが、これがこの国のために私の出来る精いっぱいのことです。ご理解を賜りますようお願い申し上げます。

 
家庭医のすすめ
 先生、ウチで楽しかった思い出話をするときは、いつも同じ話題なんですよ。
 食べていくだけで精一杯だったから、家族旅行をする余裕なんてなかったんだけど、会社の保養所を紹介してくれる人がいて、格安で泊れることになったんですよ。
 夏のさなかに、夜行一泊で松島から磐梯山まで全部廻るという強行軍でして、それまで旅行なんてしゃれたことしたことないから、夜中の出発なのに朝から上野駅のホームに並んだりしてね、それでも汽車がガタンと動き始めたときの嬉しさと言ったら、いまだに家族みんな鮮明に覚えているんですよ。
 そりゃぁこういう時代ですからね、休みのたびに、やれハワイだイタリアだって家族で出かける子供たちは多いですよ。ウチの娘は気持ちが優しいから、友達の自慢話をニコニコして聞いていたに違いないんですよ。
 私ね、娘が嫁に行く前の晩に詫びたんですよ。小さいときにたった一回国内旅行に連れて行っただけで、惨めな思いをさせたんじゃないかって。
 そうしたら先生、娘はね、そんなことないって、回数じゃないんだって、一回あればいいんだって、そしてね先生、苦しい生活の中で何とか私たちを楽しませようとしてくれた、父さんのその気持ちだけで充分だって言うんですよ。
 私は不覚にも涙を落としました。父親も目をぬぐっていました。
 家庭医になって良かったと、心から思える一瞬でした。

 
ハゲタカ退治
「でも、わたくしどもには古いしきたり(国民皆保険制度)が・・・」
「なんとでもほざけ、俺たちの商売の邪魔になるルールやしきたりや国内法は、すべて関税外障壁だ!このグローバルスタンダードの紋どころが、目に入らぬか!」
「しかしそれはアメリカンスタン・・・
「ええい、だまれっ!」バサッ!「うっ・・・!」

 関税外障壁の撤廃という名のもと、本来は弱者救済のための、国内法に基づく保護政策ですら、順次廃止に追い込まれていくことでしょう。自分たちの身は自分たちで守らなければなりません。将来を見すえた確固たる医療政策が、いまほど求められることはないように思います。
 ハゲタカどもの元寇(アメリカだから米寇?)を逆手にとって、国民皆保険制度のノウハウを知り尽くした倭寇が、アメリカ本土に乗り込んで、あちらの保険会社をきりきり舞いさせてやればよいのにと思います。
 それにはまず日本の製薬会社を上位2社ほどに収斂させて、世界に互した新薬の開発力を手に入れさせなければなりません。さらに大学などの研究機関においても、選択と集中で将来性のある研究のみに税金を投入し、世界に売れる産学協働の成果を出さなければなりません。
 世界の荒波にもまれながら、競争力を維持していけるのは、どの業界でも上位2社くらいです。保険業界も国策的に統廃合を進める必要があります。さて、倭寇のチームは厚生官僚を筆頭に、専門領域の学者、医薬業界、保険業界、法曹界、広告業界などのエースを投入すべきと考えます。なにせアメリカの中途半端な保険制度を根こそぎ変えてしまって、日本モデルの国民皆保険を実現しようというのですから、国を挙げての大事業となるはずです。あちらは今更文句を言える筋合いではないでしょう。バサッ!

 
開業医のハブ化
 コーセンチン?なにそれ?といった恥ずかしいレベルから始まった自己改革の旅の、最初の一里塚が見えてきました。そこには「開業医のハブ化」と書いてあります(自分で書いたんですけど…)。わたしは開業医を20年間続けています。わたしが医療を論ずるとしたら、その間の自分自身の体験の延長線上からしか言葉を紡ぎだせません。
 おそらく10年後も20年後も、いまだかつてない高齢化社会が現実のものとなっても、患者さんは開業医を受診することでしょう。その際に開業医がすべて自分だけで対処できるわけではありません。たとえば、緊急入院が必要な場合にすぐ受け入れてくれる病院を手配すること、家庭で面倒を見ることが出来ない患者さんの受け入れ先を見つけること、行政の対応が必要な患者さんに相談先を教えてあげること、しかるべき専門医を紹介すること、信頼できるNPOを紹介すること、生き甲斐を提案すること、さまざまな問題の受け皿を一緒に探すこと、数え上げればきりがありません。それではわたしが現在こうしたことがらに対応できる道筋が描けているでしょうか?答えはNO!です。ネットワークがあっても、知識がなければそれを利用できないのです。
 わたしは、患者さんが集まる開業医がハブとなって、そこから受け皿に通ずるスポークが放散状に広がるネットワークを構築できれば、開業医の機能は大幅にアップすると思います。ちなみにハブは行政でも、病院でも、NPOでもどこでも良いのです。それぞれがハブとなり、おたがいに結び付いていくこと、それが必要だと思います。開業医という医療過疎地域を作らないこと、それが当面のわたしの目標です。

 
創造的現場:SASの場合
 中等度の睡眠時無呼吸症候群(SAS)の治療に用いるマウスピースは、下顎を数mm前方に引き出した状態で固定し、睡眠中の気道の閉塞を軽減するとされています。はたしてその程度のわずかな偏移で、本当に気道が確保されるのでしょうか?わたしはマウスピース装着により得られる治療効果の本態は、舌筋の緊張によるものではないかと考えています。
 示唆に富んだ症例を提示します。症例は53歳男性、8年前の sleep study で、無呼吸指数(AI):16.9、無呼吸低呼吸指数(AHI):20.6との結果でマウスピース装着、直後より自覚症状がほぼ消失しております。半年後の効果判定のためにおこなったマウスピース装着下での sleep study では、AI:1.6、AHI:8.3と著明な改善を認めました。その後とくに変わりなく経過しておりましたが、最近になり次第に日中の傾眠、夜間覚醒を自覚しはじめ、前後して家人からもイビキの増加を指摘されるようになりました。再度マウスピースをつけたままの状態で検査したところ、AI:12.6、AHI:13.2と再増悪を認めました。前回と比し体重は変わらず、生化学的な検査結果もとくに変化したものはありませんでした。
 わたしの見解としては、マウスピース装着後しばらくの間は、口腔内の異物の直接的な刺激と、下顎の偏移による間接的な刺激があいまって、舌筋の緊張が亢進していたのではないかと考えます。しかし長年にわたりマウスピースを使用しつづけるうちに、刺激に対する慣れの現象が徐々に起きてきたのではないでしょうか?それ以外に上記の経過を説明するのは困難です。
 この結果をもとに、われわれは舌筋の緊張亢進を得るための舌回し運動をSASの治療に取り入れ、無呼吸発作時に舌下部に貼付した体外電極を通じて低周波刺激をおこなう機器を開発しています。リサーチマインドを失わないことが、創造的現場の維持にもっとも必要なことだと思います。

 
若い行政マンへの返事
若い行政マンからの手紙に対する返事です。
かれは医療者ではありませんので、わたしの文章も説明調になっていますが、自分の考え方をコンパクトにまとめてありますので、皆さまのご参考までに。

(前略)
 現在の数字にあらわれている医療需要は、実際にはかなりかさ上げされたものだと思います。本来は受診の必要のない、"不安だから"とか"念のために"といった受診動機がかなりの割合を占めているからです。
 「周産期」と言う言葉があります。お産前後を指しますが、その時期にはいやおうなく本当の医療需要が増大します。それを周産期医療と言います。わたしは今後、未曽有の高齢化社会を迎え、「周死期」の医療需要が急増すると思っています。そのインパクトの大きさは、周産期医療をはるかに凌駕するものになるに違いありません。それまでに、先に述べた無駄な受診を控えるような国民のコンセンサスが得られなければならないと考えています。
 インフルエンザなどの、期間を限った急激な医療需要の増大にきちんと対処することが、将来訪れるであろう、「縫い目のない医療需要の増大」に向けてのリハーサルのような気がしています。わが国の医療資源はけっして乏しくはありません。要はその使い方を間違えているだけです。みんなで、これ以上はもう無理という「思い込みのハードル」を上げていくこと、それがすべての解決策の第一歩になると信じています。
(後略)

 
年頭の業務連絡
 開業当初、当院の方向性がまだ定まらなかったころ、当時のスタッフとよく話し合ったものです。「大きなデパート」を目指すか、「小さな高級ブティック」を目指すか?さまざまな試行錯誤の末、なんとなく「身の丈にあった小間物屋」に落ちつきました。今にして思えば、家庭医志向の強い私に、みんなが合わせてくれた結果だったのでしょう。それでも、「ひとつの目標に向けて、みんなが力を合わせて頑張る」という当院のスタイルは、その頃にかたち作られました。
 その後幾星霜、たとえば脂質異常症治療薬のクレストールは、千葉市の診療所で二番目の処方量です。抗アレルギー剤のエルピナンは、診療所・薬局部門で全国13位、千葉県トップの実績をつづけています。降圧剤のユニシアは、診療所部門で全国15位から10位に順位を上げました。エルピナンと同様、千葉県ではもっとも多い処方実績です。べつに私はこれを自慢しているわけではありません。歴代の当院のスタッフはみんなよく知っているように、私は頭でっかちの机上の空論が大の苦手です。なにごとも実績の裏付けがなければ、発言する資格がないと思っているだけです。
 当院OBの努力は、歴史や伝統となって積み重なっていきます。現在のスタッフはそのグラウンドの上を必死に走り回っています。やがて彼女たちにも、次の世代にバトンを渡して、このグラウンドを去っていく日が来ることでしょう。それでも彼女たちの流した汗は、確実に地層となってこの場にとどまります。実績とはそういうものであると・・・

 
睡眠時無呼吸症候群の画期的治療法
 呼吸器内科を専門にしていながら、睡眠時無呼吸症候群(SAS)のあまりの多さに驚いています。文字どおり寝ているあいだに呼吸が止まってしまう病気で、10秒以上の呼吸停止が1時間当たり20回以上あるような重症例では、8年間の追跡調査で3分の1の人が亡くなっている恐い病態です。呼吸のとまるメカニズム的には二つありますが、「息をしろ」と命令を出す呼吸中枢そのものに異常があって呼吸が止まる中枢型はまれで、舌根(タンシチューにする部分)の緊張がゆるみ、ダラーンとのどの奥にしずみこんで、空気の通り道である気道が閉じてしまう閉塞型のほうが圧倒的に多く認められます。現在もちいられている治療法のうち、マウスピースは手軽ではありますが効果に乏しく、また肝心の重症例には適応がありません。顔にぴったりとしたマスクを当てて、強制的に空気を押し込むCPAPは、おもに重症例に用いられ、はっきりとした治療効果が得られていますが、やはり一晩中機械にしばられることにはそれなりの苦痛がともないます。
 そこで、緊張がゆるんでのどの奥に落ち込んでしまう舌根に小さな電極を貼りつけて、呼吸センサーで空気の流れがとまったときに弱い電気を流せば、筋肉が収縮し空気の通り道ができるのではないかと考えました。このメカニズムをEMSと言い、テレビでよく腹筋をきたえる広告をやっていますから、すでにおなじみのことと思います。睡眠時無呼吸症候群の診断用の呼吸センサーはすでに実用化されていますので、新たに開発するのは舌根に貼りつける電極と、両者をつなげてON・OFFをおこなうスイッチ部分だけです。装置の作製にさほどの困難がともなうとは思えませんが、問題は電極を貼りつける部位をどこにするかということです。効率の良い舌根筋の収縮を得る方法を確立するまでに、何度か人体実験が必要になることでしょう。他人にやらせるわけにはいきませんから、この部分だけは私が自分でやらなければなりません。トホホ・・・

 
時間の使命
 時間とは波を伝播するための媒体なのではないか?ある日そのような考えがひらめいた。われわれは昔から、時間は流れゆくもの、過去から現在に至り未来へと移りゆくものと信じて疑わなかった。でも、それは本当だろうか?過去として認識される存在は、現在にすべてを受け渡した瞬間に、本当に消え去ってしまうのだろうか?
 量子力学的に、物質の本態をなす素粒子は、粒であると同時に波であるとされている。素粒子が粒としてのみ存在するのであれば、その容れ物は空間だけでまかなうことができるだろう。なぜなら粒は静止していてもそのまま存在しうるからである。ところが素粒子が波として存在するためには、必然的に動きがなければならない。その動きを生み出すためには、時間という仕組みがどうしても必要である。静止した水面をさざ波が伝わるように、波を伝える時間は自ら流れる必要はなく、ただそこに存在するだけで良いはずである。
 詳細は省くが、わたしは宇宙というのは、三次元の空間と三次元の時間が合わさった、六次元の時空であると信じている。ただ存在するだけの三次元の時間を、一方通行の一次元の時の流れと認識するのは、人間の感覚器官が勝手にそのように感じているだけであると解釈している。
 毎日卑近な出来事に神経をすり減らしていると、このような何の役にも立たない哲学的思考訓練が、明らかに精神的なビタミン剤としての効果を持つことを実感する。「時間とは波を伝播するための媒体である」、これってすごい発見かも。

 
大後悔時代!
 友人が大菩薩峠の写真を送ってくれました。最近は携帯からビックリするくらい鮮明な画像を送れます。ボクが登ったのはまだ10代のころですから、泣きたくなるほど懐かしい風景との再会でした。心から感動した眺めは、ディテールにいたるまで覚えているものなのですね。でも、まてよ?なんだか画面に見覚えのない湖が写っているではありませんか!あれ?こっちの画像にも写っている!なんだこれは!
 いろいろ調べたら、これは1999年に完成した上日川ダムによって造られた「大菩薩湖」という人造湖であることがわかりました。まあ、半世紀近く経つ間に、わが身にもさまざまなことが起こりましたから、ダムの一つや二つ出来ていても、べつに驚くことではないのかもしれません。
 それにしても、このような人為的な傷をつけられても、自然の荘厳さは毛ほども損なわれていません。たたなずく稜線のかなたに、すっくと立つ富士山の神々しさ。やはり日本人の心のよりどころであり、おおきな誇りです。
 さて、その写真を見てから、気持ちの落ち着きをなくしてしまいました。言葉にならない心の動きを、強いて言葉であらわすとしたら、「自分はいったい何をしているのだろう?日常生活に埋没し、目先の仕事に追われ、なにかものすごく大切なものを見失っているのではないか?」という陳腐なものになってしまいます。でも、そんなものでないことは自分が一番良く知っています。さあ、まず立ち上がらなければ!

 
ハトヤの秘密
 私は街探検を趣味にしています。関東大震災や戦災でも焼失をまぬがれた奇跡の街「京島」は、私の得意なフィールドのひとつです。その京島に橘銀座という昔ながらの商店街があります。最近では「下町人情キラキラ橘商店街」という名前で売り出そうとしていますが、ちょっとはずした感じはいなめません。だいたい自分で人情があると言う人に、人情深い人間がいたためしがありません(笑)。その商店街の中ほどに「ハトヤ」というパン屋があります。扱うのはフワフワでペロリと食べられる120円のコッペパンだけ。懐かしい味のピーナツクリームとジャムを塗ると、それぞれ30円増しとなります。地味な店ですが、最近ではおしゃれな情報誌にも載るようになりました。ほかではこのフワフワ、ペロリ感が手に入らないからです。
 街探検というあやしげな行為が、いまのように趣味のひとつとして認知される30年以上も前から、私はこの店をはらはらしながら見守ってきました。なぜなら今年75歳になるご主人が、半端じゃない大酒飲みだからです。まずいことに、ブレーキ役の奥さんがこれまた日本酒大好き人間で、毎晩二人で一升壜を一本空けてしまいます。さらにまずいことに、息子さんが二人に輪をかけた大酒飲みへと成長し、さらにさらにまずいことに、当家に輿入れしたお嫁さんが、三人も真っ青の底なしの飲兵衛なのです。でも、これだけの迫力だと、アルコール性肝障害もこの家に入り込む余地がないかもしれませんね。以上、どんなガイドブックにも載っていない裏情報でした。

 
人を幸せにすること
 宗教の存在意義はただひとつ、「人を幸せにすること」です。その宗教本来の使命を忘れ、やれキリスト教だ、イスラム教だ、仏教だと、宗教戦争のようなことをいつまでもやっているから、話はややこしくなる。宗派間で自分たちの正当性や優位性を論じても仕方ないではありませんか。狂信的になればなるほど、相手の言葉にはますます耳を傾けなくなるわけだし・・・
 私は特定の宗教を信心してはおりませんが、宗教の本質には畏敬の念を抱いています。人間を超越した何か、強いて言葉にするとしたら「存在を存在せしめる存在」、そのものに帰依していると言えるかもしれません。その究極の存在を精神的な土台として、その上に自分なりの宗教観を構築していきたいと思います。
 しかし考えてみれば、科学も芸術もその本来の使命は「人を幸せにすること」だったはずです。まず科学が、そのレールを外れて暴走をはじめたのですね。科学の申し子であるわれわれが、宗教のことをとやかく言える筋合いではないのかもしれません。
 それでも世界には、人類を30回絶滅させるだけの核兵器が蓄えられていると言いながら、幸いわれわれは一度も絶滅していません。わたしはここに科学の良心を見ます。人間の愚かさも、しょせんは生命の叡智の掌のうえをコロコロと転がりまわっていただけなのでしょう。この見解はいかにも楽天的すぎるでしょうか?

 
取り合わせの文化
 人間の精神活動は、せんじつめれば、科学・芸術・宗教の三つに集約されると思います。科学は頭を厳しく鍛え、芸術は目と耳を優しく養い、宗教は心を豊かに育てます。私は開業してからの20年間は、自分の家族やスタッフの家族を、経済的に守っていかなければなりませんでしたから、わき目も振らず一心不乱に、"仕事としての医療"にうち込んできました。いちおう自分の責任を果たすことができたいま、かねてからやりたかった、科学・芸術・宗教の融合施設をつくりたいと思っています。そしてやや大げさなもの言いですが、そこから新しい文化めいたものを発信できたらと考えています。
 わが国は伝統的に、異なる素材をバランスよく組み合わせることで、以前にはない新しい美を生み出してきました。その実例は、お茶や生け花などの伝統文化から、料理や建築などの実用社会にいたるまで、ありとあらゆる分野で認められます。わたしは、こうした「取り合わせの文化」はわが国のバックボーンのひとつをなしていると思います。そしてこの「取り合わせの文化」という言葉は、これからのライフワークの方向性を示す、もっとも重要なキーワードになると予感しています。
 最初から大きなことはできませんから、まず現在の城であるクリニックから始めます。と言うか、もう徐々に始まっています。患者さん方は、クリニックが美術館(?)になりつつあることを、すでにお気づきかもしれません。これからもっと変わるのですよ!

 
現場愛!
 現場愛!われながら変なネーミングだと思います。ただし私の貧しい語彙力では、いまのところこれ以上適切な言葉は見つかりません。ふつう患者さんは、なにか困ったことがあるから医療機関を受診するのですよね?なんの用もないのにわざわざ出かけてくるはずがありません。患者さんの「困ったこと」を共通の問題としてとらえ、みんなで知恵を出し合って解決への道を模索するとき、その場に居合わせた人たちの間に、一種の同志愛めいた感情が、たしかに生まれるような気がします。私はこれをひそかに「現場愛」と名づけています。
 医療現場はきれいごとだけで片付くような生易しいものではありません。目の前にそびえ立つ"困難の壁"を突き破るためには、法律に抵触するようなことさえ緊急避難的におこなわなければならない場合もあります。それも一瞬のためらいも許されず…。こうした暗黙の了解、アイコンタクト、事後承諾、結果オーライ、その他もろもろの切羽詰まった状況を、医者と患者さんだけではなく、周りのスタッフ全員で乗り越えたときの達成感。そしていま、この場でしか味わえない現場愛!これこそが私たちが20年以上にわたり"貧乏くじ"を引きつづける理由なのだと思います。さあ、また怒涛の週末がやってきます。みんな、頑張ろうぜ!

 
大畑稔浩
 私は、才能あふれるいまだ無名の画家や、実力にくらべて不当に低く評価されている画家たちに、ささやかなスポットライトを当てることをみずからの使命と感じており、いままでにも何名かのすぐれた才能を世に問うてきました。しかしながら、今回おしめしする大畑稔浩氏のように、画壇のみならず世間一般においても、すでに高い評価を得ている画家を取りあげるのは、みずからの守備範囲をおおきく逸脱する越権行為であり、じつは本意ではありません。
 それなのになぜそのような蛮行(?)をなそうとするのでしょうか?その疑問は彼の絵を見ていただけば消え去ることでしょう。理由は簡単明快、彼の絵には神がやどっているからです。彼の代表作を掲載できることをともによろこびたいと思います。

 
ティエリー・デュヴァル
 日本ではまだまったく無名の画家です。ティエリー・デュヴァルという名前を、Googleで検索しても、まだ一件もヒットされません。フランス語で Thierry Duval で検索してはじめて何件かヒットしますが、その数は決して多くはなく、かの地でもこれから注目を集めるようになるのでしょうか?さて、掲載の三枚は写真ではありません。この小さな画像ではわからないかもしれませんが、じつは水彩画なのです。いまはクリニックの中に飾っています。清潔感のある絵で、まわりを明るく、爽やかな雰囲気にしてくれるからです。
 この絵は、懇意にしている画商が紹介してくれました。彼がパリの画家のアトリエを訪れたときに、この三枚が残っていたそうです。とりあえずそのすべてを言い値で引き取ってきたようです。でも不思議なことに、写真に残された、既に売れてしまった絵の中で、私がこれよりも欲しいと思ったのは、たった一枚しかありませんでした。末に福あり?いえいえ、これは私がいつも感じることですが、かの国と私どもの微妙な美的センスの差なのだと思います。まあ、蓼食う虫もすきずきの世界なのでしょうか?

 
責任のあるフライング
 気管支喘息の本態が気道粘膜の「炎症」であり、もっとも大きな問題が気道の「リモデリング」であるということが、ようやく世間一般にも認められるようになってきたことは、よろこばしい進歩である。しかし一度リモデリングが起こってしまうと、残念ながら現在の医学ではそれを元にもどす手立てがない。現時点でわれわれがなし得る最良の対策は、気管支喘息をできるだけ早期にピックアップして、リモデリングがはじまる前に、気道粘膜の炎症をおさえることである。
 たとえば咳喘息では、きちんとした治療がおこなわれないと、その三分の一が本格的な気管支喘息に移行するとされている。そうであるならば、いたずらに鑑別診断に無駄な時間を費やすのではなく、長くセキが続いて、肺機能検査に異常を認めるようなケースでは、吸入ステロイドや抗アレルギー剤を用いて、すみやかに治療介入をおこなうべきではないだろうか?こうした「責任のあるフライング」は、いまだ混乱の残る呼吸器領域の治療には、絶対的に必要であると考えている。異論のある向きには、まず吸入ステロイドを使用してみて、その効果の有無により治療的診断をおこなうことが、医療の面においてもコストの面においても、患者さんの負担を大きく軽減しているという事実を指摘しておきたい。

 
πの使命
 私は、どこまで計算しても、πは絶対割り切れるはずがないと考えている。なぜなら、πは"結界"だからである。もしもπが割り切れたら、そこから宇宙は"ほつれて"しまうに違いない。「時間の矢」と並んで、相転移により生じた次元(ディメンション)が元に戻らないための宇宙の"メカニズム"、それがπなのだと思う。
 円周率という言葉があるために、πは一定の長さの線分をぐるっと回した輪のイメージの延長線上で語られることが多いが、私はそもそもそれが間違っていると思う。相転移により、0次元の特異点から突然三次元の空間が生じ、それが膨張するために時間という新しい次元が必要とされた。話を先に進めるために、今は二つの議論を棚上げにしておこう。ひとつは、時間は空間と一緒に生まれたのか、宇宙が膨張する必要性から新しく生み出されたのかというものであり、もうひとつは、時間という次元は一次元なのか、空間と同じような三次元なのかというものである。いずれにせよ宇宙という時空は、急速に自己膨張をとげた。最小の表面積で最大の体積を有するものは正球体である。エネルギー効率から考えて、宇宙は正球体を選択して膨張していったに違いない。そしてその選択を可能にしたのがπである。すなわちπの始まりは、円ではなく球であると私は考えている。
 さて、あらゆる存在を許容して、なおかつ永続性を保つためには、容れ物としての宇宙という時空は、よほど強固なものでなければならないだろう。たとえばブラックホールのような巨大な重力場は、容易に時空の歪みを生みだしてしまう。宇宙誕生から今日までの間には、容器からあふれんばかりの制御不能なエネルギーが、宇宙そのものの存在を脅かすこともあったかもしれない。それでも宇宙は存在し続けた。それを担保したのは時空の無謬性であり、その無謬性の最大要因は、それが偶然生まれたのか、必然的に生み出されたのかわからないが、πであることはまず間違いのないところだと思う。

 
妄執総理と院政夫人が日本を私物化してから
 妄執総理と院政夫人が日本を私物化してから、この国は迷走が続いています。あっちでぶつかり、こっちで行き止まり、こんどは日ならずして暗礁に乗り上げることでしょう。その間、国民は置いてきぼりをくらい、国益はどんどん毀損されていきます。もういい加減、操縦を変わればいいのに、二人は操舵室にカギを掛けて閉じこもっています。まずいことに、ドアを開けるカギは総理しか持っていません。ドアに爆薬を仕掛けたら、日本丸が沈没してしまいます。まわりはドア越しに呼び掛けることしかできませんが、二人はまったく聞く耳を持ちません。いまや二人は、権勢欲と自己顕示欲の権化と化しているようです。歴史に名を残さずして、辞めてなるものかぁ!支持率が政権発足以来最低となった今日も、ドアの中からうめき声が聞こえてきます。明日には事態が前に進んでいるでしょうか?
 
世の中はめまぐるしく動いています
 世の中はめまぐるしく動いています。東北大震災にかかわる、原発問題を含んだもろもろの事象は、現在進行形で予断を許さない動きをしています。政府の要請を受けて、浜岡原発は運転を中止することが決まりました。その根拠となっているのが東南海大地震の予測です。ほんの数か月前までは、同じ予測数値を大丈夫だと言っていた、原子力安全・保安院は、政府の発表を受けて手のひらを180度返しました。場当たり政府や、無責任官僚には中長期的展望がなく、ただ右往左往しているような印象です。
 このような状況でも、東海地方の方はそう簡単に家を変えることができません。否応なしにその地にとどまらなければならない人が大多数です。さて、マグニチュード9の東北大震災の津波は、最大高39mだったと言います。そうであれば、人間を空の上、せいぜい50mくらいまで上昇させることができれば、難を避けることができるはずです。いま住んでいるところを離れることのできない方の緊急避難用として、個人用風船飛行船にしても、個人用ヘリコプターにしても、それ以外の新技術にしても、「人間を上空に引き上げる方法」について真面目に考えて見たいと思っています。

 
このあいだ
 このあいだ、震災関連と思われる二例の切迫梗塞につき述べましたが、その後、立てつづけに三例、同じようなケースを経験しました。
 もちろん外来をやっていますと、普段から一定の確率で循環器救急に遭遇します。しかし、そうした症例が、長い年月の間に朽ち果てた家が静かに倒れるような、いわば自然経過であるのに対し、今回の、短い期間に集中した五例は、新築の頑丈な家が突然倒れるようなもので、発症のメカニズムがまるで違います。新しい三例のうち二例は、明らかな症状と心電図変化を認めながら、冠状動脈の造影で狭窄部位のない、攣縮型とよばれるものでした。
 昔から、気の毒な人の話に胸が痛むという表現をしばしば耳にします。日本は単一民族国家ですから、人の痛みや苦しみを自分のことのようにとらえる傾向が強いのかもしれません。今回期せずして、日本人の心の優しさと同時に、その脆弱性にも気づかされました。こうした状況では、さらに症例が増えることが予想されます。
 都内の大学で循環器の教授をやっている同級生が、以前から「ニトロ一錠携帯に」ということを提唱しています。心事故のリスクを少しでも軽減するために、この運動を推進していきたいと思っています。

 
今回の東日本大震災は
 今回の東日本大震災は、被災者以外の方にも多大のストレスを与えているようで、当院でもすでに二件の、震災関係と思われる切迫梗塞を経験しています。

 最初の方は、ほぼ毎週元気にゴルフをしておられた男性でしたが、震災を境に体の不調が出始め、たまたま受診された時に狭心症発作を起こし、そのまま緊急入院されました。入院後も二度の胸痛発作が出現、順番を早めて心カテを行ったところ、左冠状動脈起始部が完全閉塞を起しかけており、ステント留置により一命をとりとめております。かかる所見でゴルフなどできるはずがなく、震災を契機に、急速に病変が進行したものと思われます。

 二例目の方は、重い撮影機材をかかえて趣味の撮影(セミプロ)に走り回っておられた女性で、やはり震災のショックで体調の変化を訴えられた方です。受診時に撮った心電図に、以前のものとくらべて異なる波形変化が出ていたため、まずマルチスライスCTを施行し、狭窄部が確認されたため、心カテを行うことになりました。やはり本例でも病変が新しかったために完全拡張をおこなうことができ、ステントを留置してことなきを得ました。

 これらの症例から浮かび上がってくるのは、得体のしれないストレスというものの不気味さと、定期的に心電図を撮ることの重要性です。とくに高血圧、糖尿病、脂質異常症などの慢性疾患で治療されておられる患者さん方は、あらゆる機会を利用して、定期検査を受けられることをお勧めします。

 
崇高な人間
 福島県広野町から32キロメートルの沖合で、警察官の遺体が漂流しているのが発見された。周辺を捜索中の海上自衛隊員により収容され、その後のDNA鑑定の結果、福島県警双葉署地域交通課の増子洋一警部補であることが確認された。
 41歳の現役の警察官であるから、自分ひとりであれば、津波から逃げられるだけの体力は十分にあったはずである。しかし彼はそれをしなかった。職務を全うするために彼は現場に踏みとどまった。迫りくる津波を彼は目にしたはずである。それでも彼は逃げなかった。最後まで住民の避難誘導に当たっていたに違いない。そばにあったはずのパトカーに彼は乗っていなかったからである。
 人間には生存のための本能さえも超越する瞬間があるのだろうか?もしかすると人間は使命感に殉ずることのできる存在なのかもしれない。この警察官だけではない。南三陸町の病院では、患者を捨てて自分ひとりであれば、屋上に逃げて助かることができるのに、無駄と分かっていながら、最後まで寝た切りの患者を運ぼうとして、ともに津波に流されていった多くの医療者がいた。すべての人間とは言わない。しかしある人間は、われわれが漠然と考える人間像よりも、はるかに、はるかに、気高く崇高な存在であることは、間違いのない事実である。

 
そのリストは衝撃的である
 そのリストは衝撃的である。私がくどくどと説明するよりも、そのリストを一目見ただけで、いかに異常な事態が進行しつつあったのか、誰の目にも明らかとなるであろう。そのリストとは、気象庁が発表した地震の履歴である。そこには地震発生の日時、震度とともに、震源地が記されている。
 日本は地震国であるから、毎日日本のどこかで地震が起こっている。たとえば、平成23年の3月1日から順に見ていくと、震度1以上の体感地震は、1日4回、2日4回、3日2回、4日2回、5日5回、6日4回、7日7回、8日2回と記されている。回数でいえば一日数回、震源地は全国各地に散らばっており、特定の地域に集中しているようなことはない。ところが、3月9日11時57分、三陸沖を震源地とする震度5弱の地震が起こってから事態は一変する。3月9日の体感地震は23回、うち20回の震源地が「三陸沖」である。頻度から言っても、また特定の震源域の集中度から言っても、それまでとは明らかに異なっている。翌3月10日にいたっては、15回の体感地震のうち、じつに14回が「三陸沖」を震源地としている。これだけでも深刻な異常事態が進行中であったことは明白ではないだろうか?そして運命の3月11日14時46分、三陸沖を震源とする37回目の地震がすべてを奪い去って行った。
 過ぎてから言っても仕方のないことかもしれない。しかしまったくの素人が見ても3月9日以降の状況の変化は明らかに異常である。どうして専門家がこの異常事態を黙過したのだろうか?せめて一日でも、いや半日でも前に警告を発していてくれたら、と思うのは私だけではないはずである。震源地の欄にずらりと並んだ「三陸沖」の文字が、無言でわれわれに事実を突き付けている。

 
身のほどもわきまえず
 身のほどもわきまえず、コンチ(コンプーター音痴のこと。友人の木村君の造語)を克服するためにツイッターを始めましたが、これがなかなかの代物。何度か痛い思いや怖い思いをして、このたびついに撤収することになりました。個人的にはマイッターでした。
 
友人に
 友人に「ねえ、ツイッター始めようよ」と誘ったら、「ん?なにそれ?」ジジイはやだねえ、まだそんな歳でもないはずなのにね。そうしたら今日、若い女性から「先生のアカウントを教えてください」と言われました。そうそう、そうこなくっちゃ。あわててちょっとどもりながら「あ、あの、@kouchifumio ですっ」と答えました。そうか、マイツイッターにアクセスするためには、アカウントが必要なんだ。そんなことも知らずに、まず始めて見るのがわが家の家風。お父さん、しっかり受け継いでいますよ。
 
Twitterをはじめました
 今日の午後、ぽっかりと時間が空いてしまったので、かねてから気になっていたTwitterなるものをはじめてみました。軽く考えていたらこれがなかなかの難物で、手続きに悪戦苦闘、夕方から大事な会があるのに、なかなかコンプーターの前から離れることができません。なんか年を感ずるなあ。タイムアップ寸前のでかける間際ギリギリに、ようやく初つぶやきを送ることができました。でも、これって何の意味があるのだろう?わたしの人生はいつもこんな調子です。すなわち走り始めてから考えるという…
 意味はおいおいあとから付けていきましょう。とりあえず例によって試行錯誤をくりかえすだけです。みなさまもTwitterに登録してみませんか?その後Twitterのホームページで、「河内文雄」を検索していただくと、わたしのツイートにたどりつけます。「フォローする」をクリックすると、ときおりわたしの佳作や駄作が届きます。おなかをこわされたらゴメンナサイです。

 
さわやかな青春
 今年10月の1日から3日まで、東京辰巳国際水泳場でおこなわれた、第27回全国女子水球競技大会において、当院のスタッフ、田中佳奈子さんが所属する、藤村スイムスクールが、日体クラブや東京女子体育大学などの強豪を退けて優勝し、みごと日本一の栄冠に輝きました。金メダルの重みというのはやはり一味違います。
 病院の事務というのは決して楽な仕事ではありません。診療が終わっても、いつも一番最後まで残って仕事をしなければならないのは事務の人たちです。月末月初のレセプトの時期になると、われわれがデスマッチと呼ぶ過酷な残業が待っています。田中さんはそのような仕事をこなしてから、練習に駆けつけるのです。決して弱音を吐かず、にこやかに、楽しげに、それもこれもあの金メダルの重みのためです。本当にさわやかな青春ですね。
 受付にひときわ日焼けして、健康が白衣を着て歩いているような女性を見つけたら、それが田中さんです。できましたら「おめでとう」と声をかけてあげてください。彼女の今度の夢はオリンピック出場です。

 
疋田正章
 今回お示しするのは、写実画の期待の星、疋田正章(ひきだまさあき)の「瞬」です。この絵の眼目は、黄昏にいたる直前の、ほんの一瞬の時の移ろいを活写したところにあります。ところが残念なことに、画像にするとその肝心の空気感が伝わってこないのです。プロの腕を持ってしても、カメラではこの絵の微妙な色調を再現できないようです。ぜひ実物を直接ご覧になって、彼の可能性をご自身でお確かめください。
 アートソムリエを自称する、山本冬彦という絵画のコレクターがいます。サラリーマン歴30年の間、他の趣味には一切眼をつぶり、ひたすら新人の絵を買い求めてきました。なんとその数1300枚!現在活躍中の画家の中にも、初めてのお客が山本さんという作家がたくさんいるそうです。初めて絵が売れた喜びもさることながら、貧困時代の若い画家にとってはそれが大きな経済的な援助になったことでしょう。
 ところで失礼ながら、普通のサラリーマンの給料で、なぜそれだけの数の絵が買えたのでしょう?じつはその理由は若手の画家の絵の安さにあります。なかには山梨備広のように、最初から号40万以上の評価を受ける画家もいますが、これはごくごくまれなケースで、一般的に彼らの絵は、号2〜3万で契約を結んだ画廊が売りに出します。人気が出れば当然値は上がっていきますが、号5万の壁というのは意外と厚く、多くの画家がその前で足踏みをしているのが実情です。画家にとって画商を選ぶのも腕のうちと言えそうですね。

 
最近の外来風景
 このところの限度を超えた暑さで、医者に来るのも命がけです。そのうちに外来受診の前提は"健康なこと"になりかねません。
 空いているときは患者さんといろいろな話ができます。先日受診された70代の女性の患者さんには、今年95歳になるお姑さんがいるそうですが、
「それはそれは元気」なのだそうです。
「毎日2〜3時間お金を数えているんですよ」
それを聞いて私は「あ!それだ!」と思わず言いました。もちろん長寿の秘訣です。
 別の日に、7歳の子供に「大きくなったら何になるの?」と聞いたところ、しばらく考えてから、「つぎは、8歳」と答えました。「そりゃそうだよねー」と、他の患者さんも交じって大笑いになりました。
 最近かかりつけの患者さんの間でも、わたしの注射嫌いは知られるようになり、糖尿病の患者さんにHbA1C測定のオーダーを出したりすると、「でも先生、ご自分は逃げてんですよね」などと思わぬ反撃にあうことがあります。はじめのうちは、ちょっと赤くなって、モゴモゴと言い訳めいたことを言っていましたが、近頃では居直る技を覚えて、「世の中そんなもんです」などと訳のわからないことを言って、明らかにごまかしています。

 
ベルナール・シャロワ
 ベルナール・シャロワの作品を数多く見ていくと、かれは極め付きの玉石混淆の画家であることが良くわかります。それもおおかた石ばかりの…(失礼!)。だいたいにおいて一流の芸術家は、自分の名誉のためにも、不出来な作を世に出そうとはしないものですが、その点シャロワはちょっと変わっています。けっして経済的に困窮しているわけではないのに、膨大な数の駄作を市場に放出しつづけています。それが結果的に自分自身の評価をおとしめることになったとしても、あまり気にしているようには見えません。
 ところで、私が美人画の浮世絵師の系譜の延長線上にシャロワがいるように思えるのは、その女性の描き方にあります。浮世絵は初摺りがもっとも完成度が高く、版木が摩耗するあとになるほど作品の質が落ちていきます。プロの絵師としては明らかにグレードの低いものを世間の目に晒すのは、心の疼くことだったに違いありません。そこで彼らは、いかに描線がかすれていこうと輝きを失うことのない、女性の真の美しさ、女性の本質というものを画面に描き出そうとしたのではないでしょうか?
 その試みが成功するかしないかは絵を買う客が決めること、画家や絵師はその努力を続けている過程をあからさまにするだけ、そう言っているようにも思えます。そしてそれこそが、シャロワがあれだけの数の一見駄作を世に問い続ける理由なのだと思います。まさにシャロワは、現代の浮世絵師、パリの喜多川歌麿なのです。

 
佐々木敦子
 「冷静と情熱のあいだ」などの著作で知られ、若い女性から圧倒的な支持を得ている、直木賞作家の江國香織さんに「ホテルカクタス」という不思議な大人の童話があります。これは彼女が、当時パリ在住(現在ローザンヌ在住)の洋画家、佐々木敦子さんの絵に触発されて創作した物語です。ふつうは小説の内容に合わせて挿し絵を描くのでしょうが、この作品は逆で、江國さんが絵からインスピレーションを得て書いたものだそうです。こういうのって挿し文というのでしょうか?いずれにせよ150ページ程度の本の中に、33枚もの絵がバランスよくちりばめられた、まるで絵本のような作品です。
 わたしは初めて佐々木さんの絵を目にしたとき、かすかな違和感を覚えました。その後縁あって何点かの作品を譲っていただきましたが、あらためて拙宅の壁に飾ったとき、その違和感の理由がわかりました。彼女の絵は大きいのです。サイズではなく、その絵の内包する世界がとても大きいので、画廊や自宅の狭い空間には納まりきらないのです。
 むかし人間国宝の陶芸家と話をしたことがあります。かれは自作の茶碗を撫でながら、「結局、この一碗に、どれだけの世界を盛り込めるかということだと思います」とポツリとつぶやきました。そのひと言をまざまざと思い出しました。
 江國さんの炯眼が佐々木さんの真価を見抜き、ひとつの作品へと昇華させました。コラボレーションというものはすべからく、かくありたいものです。

 
高木かおり
 東京藝大保存修復日本画科出身の若手画家たちのグループ、「由の会(ゆいのかい)」に、将来がとても楽しみな女流画家がいます。絵の世界にもゴルフ界の石川遼のような、若くして完成された領域に達している天才がいないわけではありませんが、一般的には、長年の努力と経験がものをいう世界です。したがってどんな大家でも、若いころの作品は、ざっくばらんに言ってしまえば、それなりに荒削りで下手くそです。それでもそうした若手の未熟な絵を数多く見ていくと、かすかに大器の片鱗をあらわしている作品に出合うことがあります。今回紹介する「夏空」もそうした絵のひとつです。描いたのは高木かおりという1976年生まれの日本画家です。
 もちろん彼女の作品がすべて優れている訳ではありません。世に問うだけの絵を描けるようになってまだ日が浅いため、作品の数はそれほど多くはありませんが、わたしが目にした中で購入を決意したのはこれ一枚だけでした。でも、一枚あれば十分です。指紋はひとつあれば犯人を逮捕できるのです。
 由の会はこれから四年にわたり、紺丹緑紫の各色の美を具現化していくとのことです。なし得れば、各色一枚ずつコレクションを増やしていきたいと思っています。彼女が、耽美、夢幻の縊路にはまり込まず、清新の気を放つさわやかな画風を維持していくのであれば、とてつもない女流画家が誕生するような気がします。

 
山梨備広
 山梨備広(やまなしともひろ)は、まぎれもない天才です。それも第一級の。そんなけたはずれの才能が、コツコツとまじめに努力を積み重ねています。修行や修錬や鍛錬といった古くさいことばが、生き生きと白い息を吐いて、現役をつづけているのをみると、わたしまでうれしくなります。なんだかいきなり「わあーっ!」と意味もなく叫びだしたくなります。ふつふつと自分のなかに、得体のしれない力がわき上がってくるのを感じます。これが本当の感動というものなのですね。
 今回わたしがお譲りいただいた「洗面台」は、かれが7年がかりで描きあげた油彩画だそうです。いまだかつて、鏡をこれほどカガミそのものとして描いた画家がいたでしょうか?どこからも非のうちどころのない作品ですが、山梨画伯の本心としては、この絵は未完成なのだと思います。いつでも気が向いたら、ふらりとたち寄って筆を入れてください。わたしは画面に眼で語りかけます。ありがとう、そうさせていただきます。かれも画面から伏し目がちのまなざしで答えます。
 高島屋の展示会が終了し、わたしのもとに作品が届けられたら、しばらくクリニックに展示しておきます。すぐに自宅に持ち帰っては、申しわけないような気がするからです。巷に氾濫する似非ものとは一線を画する、本物の凄みをご堪能ください。